山に登る

実家から歩いて15分くらいの高台からは金沢の町並みが一望できて、僕はその景色がお気に入りだった。高台の斜面には畑が広がっていて、畑の向こうには並木のきれいな幹線道路が走り、その向こうは海まで町が続いている。

 

高校生だった僕は、この景色を守る仕事をしたいと考えていた。いや、いま思えば、感傷的で観念的だった僕は、景色からそういう意味を見出すことで、伸び悩む学業成績のもとで揺れる進路を固めたかったのかもしれない。

 

僕は、その時々で、自分が大事に思う人をこの高台に連れてきた。自分が大事にしているものを、その人と共有したかったのだと思う。中学からの親友、高校時代に付き合っていた人、大学時代の友人。もう10年近く、一緒に高台に上った人はいない。

 

この夏、久しぶりに高台へ上った。一望する金沢の町は、僕以外の誰かによって、丁寧に維持されている。僕は東京で24平米の部屋に住みながら、小さな会社で日常に流されている。この景色を守るわけでもなく、何かを生み出すわけでもなく。