練習ノート

簡潔で、読んでいて気持ちのよい文章が書けるよう、練習しています

走る時には言葉を考えるな

横浜マラソンを走った。最後にフルマラソンに参加したのは2017年2月の京都マラソンだから、1年半ぶりのフルマラソンだった。今年は夏にコケて左ひざを痛めるわ、佐渡トライアスロンは気持ちが切れてランの半分で棄権するわ、走ることに関しては散々なシーズンだったけれど、今日は念願のサブ4を達成して、疲れているけれど気分はとてもよい。

走っていると、いろんな人の背中を見る。結構な割合で、ランナーはメッセージを背負って走っている。その内容は多くの場合、ハッキリ言ってチープだ。笑顔を絶やさず頑張ろうぜ、楽しんでいこうぜ、NO RUN, NO LIFE、RUN FOR BEER etc.ちょっとひねったつもりでいて、その実、チームのユニークさを何も語ってくれない、ヨーカドーの衣料品売り場で見かけそうなフレーズが印字されている。

その言葉はたぶん、意味を持っていない。背負っている当人でさえ、言葉の内容に共感していないことも多いと思う。そんな言葉が背負われ、白日の下にさらされ続けるのは、ひとえに、背負うことに意味があるからに他ならない。言い換えれば、社会人サークルの「ご神体」である「マラソン行為」を補強するためのシンボルだ。

社会人サークルは脆い。学歴や生活水準が合わない。世代交代が難しい。共同釜飯行為は、共同しないと効果がないけれど、部活のような長時間の共有は難しい。いきおい、共同まで求めきれず、共有だけで効果のあるものを取り入れていく必要があり、人はおそろいのTシャツを作り、同じ言葉を共有し、メンバーしか見られないFacebookページを運営する。

何かを共有していることそれ自体が目的だから、言葉の質は問われない。内部に向けた言葉を外部に晒すちぐはぐさも問われない。仲間に対する意識が純粋に発露された結果としての"GO FOR BEER"なんだと思うけれど、少しでもいいから、他者の視線を取り入れてほしかったと、僕は思う。

したこと

  • ラソン
    • 手元の時計で3時間57分ちょい
    • レース後、久しぶりに大井町で王様になりました