練習ノート

簡潔で、読んでいて気持ちのよい文章が書けるよう、練習しています

同じ釜の飯を食う

新卒で入社した会社の同期と集まって飲んだ。入社したとき14人いた同期は、4年半が経って6人になった。もう2回目の転職をした奴もいる。景気がいいからなせる業なのだけど、人は、思った以上に簡単に職を変えるということを、就職してから知った。

同期って、いい。「いい」の中身を具体的に書き連ねると、一気にありきたりなものになってしまうけれど、考え方や話の水準も、年齢も近くて、しかも、最初の顔合わせも共通の話題づくりも会社がおぜん立てしてくれた相手だ。こんな高精度な出会い系、なかなかない。大事にしていこうと改めて感じた夜だった。

結局深夜2時まで飲んで、タクシー相乗りで家まで帰る。有楽町から佃と豊洲を経由して門前仲町に向かう、実に効率的な相乗りルートだった。ふらふらになりながらすべてのアラームを切って、盤石の態勢で布団に飛び込む。昼まで寝ようと思っていたけれど、10時ごろに取引先からの電話でたたき起こされて、寝ぼけながら応答した自分の声はびっくりするほど酒で枯れていた。

したこと

- ドットインストール「PHPデータベース入門」#01-#05
-- 考え方が消化できず苦しい気持ちになるの、なんか勉強してるって感じだ

メイヤーレモン

朝、出勤してLINEを開けると、野菜の注文が入っていた。今日中の納品希望と書いてあるけど、もう配送トラックは出発してしまった。

結局、自分で調達して、自分で運ぶことにした。社用車(中古の三段変速自転車)に乗って、築地場外に行く。場外は遅い時間(と言っても、まだ朝の10時だ)まで開いているので、レモンを19個と、食用菊と、小菊を買う。レモン19個なんて変な買い方をするのは業者しかいないので、店の人はしれっと値引きをしてくれる。買う側は「助かりました」と言いながらレモンを頼み、売る側は「10円引いとくね」と応える。朝から、いいリズムで買い物ができた。

荷物を背負って自転車に乗る。工事中の環状二号から虎ノ門方面へ。虎ノ門ヒルズの足元で再開発を待つ雑居ビルには、こぎれいなカフェがいくつも出店していた。アメリカ大使館の横を通り過ぎてホテルオークラの裏を抜け、六本木一丁目に。丹波谷坂という鬼のような急坂を自転車で突っ切って、六本木交差点を左折して西麻布へ。野菜や果物を抱えて六本木を走るとき、街の景色の一部になったような、ちょっと誇らしい気持ちになる一方で、この仕事を積み重ねた先にいったい何があるのかと、不安な気持ちにもなる。

お店で商品を取り出すと、それ、頼んでいたものと違うよと指摘される。慌ててLINEを見返すと、小菊なんてどこにも書いていなかった。

そのまま、キラキラしておいて

弟と一緒に、ファミリーセールというものに初めて足を運んだ。正規の販売ルートで買えばそこそこの値段がするスポーツアパレルのブランドでのセールなのだけど、弟に届けられた招待ハガキは、上野の現金問屋が処分市を開くかのような、青地に蛍光黄文字のビジュアルだった。

会場の雰囲気もハガキと似たり寄ったりで、かなりサイズや色に偏りのある商品が催事用のワゴンに積み上げられ、人々がせわしなく手にとっては適当にワゴンに戻している。原宿の路面店だったらあんなに丁重に扱われていたのに。美容室で手にするファッション雑誌のなかではあんなにキラキラしていたのに。立派なものであると印象付けるためには適切なお作法や振る舞いが必要で、それらをかなぐり捨てたナイロンバッグとパーカーは、Made in Vietnamのタグが生々しく迫ってくる。

電車の中で読む本が切れてしまったので、学芸大学駅前の本屋で宮部みゆきの『誰か』を買う。

義父はよくよく知り抜いているのだから。具体的な事象を離れて鳥瞰したとき、「何があったか」ではなく、「どのように見えるか」ということの方に心を寄せてしまう、世間というものの気まぐれさを。

という一節があって、昨日、銀座で見かけた、ものすごい剣幕で怒っている女性のことを思い出した。

したこと

読み終えた本

  • 森博嗣『「やりがいのある仕事」という幻想』
    • 書いていることに大きな違和感はなかったけれど、どこか寂しい気持ちになる本だった。
    • 「私は一人で歩いていくの」と対面する相手に言われたとき、じゃあ、いまここで僕と座っている時間って、と思ってしまうからに他ならない。
  • 宮部みゆき『誰か』
    • つい一気読みをしてしまい、気づいたら26時だった

ハズキルーペじゃなくても大好き

不注意でメガネを曲げてしまった。ハズキルーペではないので変形してしまう。修理をするために銀座まで出かけたのだけど、いざ店でメガネケースを開けたら中身が入っていなかった。1回休み。

せっかく銀座に来たのでユニクロへ行く。仕事で履いているのはユニクロのウルトラストレッチ素材のパンツなのだけど、膝の部分が伸びきってダルダルになってしまった。営業日はほぼ毎日履いているからやむなしだけど、高校生の頃履いていた学ランのズボンとか、毎日履いてもこんなことにはならなかったと思うのだけど・・・。30分悩んで、カーキ色のチノパンを1本購入する。

銀座を歩いていると、怒り心頭の女性を見つけた。雑居ビルの裏口で、標準語で、ものすごい剣幕で怒っている。彼女がなぜ怒っているのかはよく分からないのだけど、うっかり耳にしてしまった僕は、なんだかいやーな気持ちになり、そうか、怒る人の側にある正当性いかんにかかわらず、耳にする側は、怒っている人に対して、いやーな気持ちを抱いてしまうということに気が付いた。大きな学びだった。

携帯電話に着信があって、受電すると投資用ワンルームマンション業者の営業電話だった。曰く、兵庫駅から徒歩3分、年間想定賃料72万円の新築ワンルームマンションを2,000万円で売りたいらしい。こうした営業電話を受けるのは初めてだったけど、一方的に話し続けるという行為は、かくも人をうんざりさせてしまうのかと気付かされた。これもまた、大きな学びだった。

まずは、楽しいところから

本を読むようになった。スマホを触らないようになり、手持ち無沙汰になる時間を埋めるように、文庫本の小説を読んでいる。読むのはもっぱら電車に乗っている時間やホームでの待ち時間で、細切れではあるけれど、毎日30分から1時間ほどのボリュームになる。400ページくらいの小説であれば、週に2冊ほど読むことができる。

小学校の頃は本当によく本を読んでいた。毎週市立図書館に連れて行ってもらい、10冊目いっぱい借りて、借りた当日に全部読んでしまったこともあった。テレビゲームの時間は制限されていたし、外でスポーツをする性分ではなかったので、ズッコケシリーズのような児童小説をよく読んでいた記憶がある。

中学生の頃は親が読んでいた宮部みゆきにハマった。『火車』とか『我らが隣人の犯罪』とか、中学生には想像しにくいテーマでも、とにかく興味深かった(クレジットカードも怖いな、とか)。あとは、同級生に勧められた宗田理『僕らの~』シリーズとか、重松清とか。

高校生になると、一気に読書量が減った。パソコンに興味が移ったこともあったし、部活動も勉強も大変だったこともある。たまに背伸びして新書を買ってみて、いまいち面白くなかったりした。

浪人生の頃は、志望校へのあこがれを膨らませるように森見登美彦を読んでいた記憶があり、そのまま大学生になっても読み続けた。ところが大学3回生ごろからは、大学生協の知的に関心が持てそうな学術書ばかり買うようになり、けれど大半を読まずにため込む不精な生活を送り、このころになるともう、1つの本を通しで読むことはほとんどなくなっていた。そんな体たらくで文系の大学院に進学し、ろくに本と向き合わないまま修士課程を終えた。

自分をいい感じに稼働させるためには、自分で自分の機嫌を取ってやる必要があることを、社会人になって知った。例えば僕は、トライアスロンをやっているけれど、走ることがどうも苦手で、走る練習はメニューから外してしまいがちだった。そんなときにピッチや心拍を追い求める練習を組んだって、一人では絶対にやらない。だから僕は、楽しく走れる範囲で取り組み、まずは走ることへの抵抗感を減らし、次第に練習量につなげていく作戦をもくろんだ。

この目論見はうまくいって、結果としてコンスタントに走る練習をするようになった(あまり心拍は上がらないけれど)。読書もそんなものかと思っていて、まずは楽しい範囲で読書を再開して、次第に小難しい本を手懐けるられるようになればと思う。

したこと

読み終えたもの

酒に呑まれないために、飲まない

お酒が弱くなった。決して昔から強かったわけではないけれど、それでも、飲み方を間違えなければ、次の日は普通に起きて、普通に働くことができた。

最近はそれができない。1杯でも飲むとすぐに眠くなる。翌朝起きたとき、疲れがまったく抜けていない。午前中いっぱいは気だるい気分のまま、ぼんやりとパソコンに向き合う羽目になる。

無理して飲むなという、神の思し召しだと捉えることにした。僕は「丁寧に生きる教」の信者なので、なんでもかんでも、丁寧に生きる方向に舵を切ってしまう。お酒を飲んだ翌日も大抵の場合は人生が続いているので、あまり雑な生を紡ぐと、ただでさえ辛い翌日以降の人生が、ますます辛くなる。

したこと

  • ドットインストール「PHP入門」
    • 動画を何本か見た。一度ざっと入門本を読み通していたので、抵抗感なく見続けることができた
    • しかしドットインストールすごいな、3分くらいの動画だから飽きにくいし、スタンプ集め的楽しさもある
    • 東進のDVDを1.5倍速で見続けた、高校時代の放課後のような気持ちだ

走る時には言葉を考えるな

横浜マラソンを走った。最後にフルマラソンに参加したのは2017年2月の京都マラソンだから、1年半ぶりのフルマラソンだった。今年は夏にコケて左ひざを痛めるわ、佐渡トライアスロンは気持ちが切れてランの半分で棄権するわ、走ることに関しては散々なシーズンだったけれど、今日は念願のサブ4を達成して、疲れているけれど気分はとてもよい。

走っていると、いろんな人の背中を見る。結構な割合で、ランナーはメッセージを背負って走っている。その内容は多くの場合、ハッキリ言ってチープだ。笑顔を絶やさず頑張ろうぜ、楽しんでいこうぜ、NO RUN, NO LIFE、RUN FOR BEER etc.ちょっとひねったつもりでいて、その実、チームのユニークさを何も語ってくれない、ヨーカドーの衣料品売り場で見かけそうなフレーズが印字されている。

その言葉はたぶん、意味を持っていない。背負っている当人でさえ、言葉の内容に共感していないことも多いと思う。そんな言葉が背負われ、白日の下にさらされ続けるのは、ひとえに、背負うことに意味があるからに他ならない。言い換えれば、社会人サークルの「ご神体」である「マラソン行為」を補強するためのシンボルだ。

社会人サークルは脆い。学歴や生活水準が合わない。世代交代が難しい。共同釜飯行為は、共同しないと効果がないけれど、部活のような長時間の共有は難しい。いきおい、共同まで求めきれず、共有だけで効果のあるものを取り入れていく必要があり、人はおそろいのTシャツを作り、同じ言葉を共有し、メンバーしか見られないFacebookページを運営する。

何かを共有していることそれ自体が目的だから、言葉の質は問われない。内部に向けた言葉を外部に晒すちぐはぐさも問われない。仲間に対する意識が純粋に発露された結果としての"GO FOR BEER"なんだと思うけれど、少しでもいいから、他者の視線を取り入れてほしかったと、僕は思う。

したこと

  • ラソン
    • 手元の時計で3時間57分ちょい
    • レース後、久しぶりに大井町で王様になりました